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2008年5月15日 (木)

戦時下へタイムスリップ 防空壕内部へ入りました

  今日は初めての経験でしたが、人間ドックを受けました。40歳を過ぎて妻も私の健康管理に気を使ってくれて予約からすべての準備をしてくれてありました。

本来であれば宿泊すべきところのようですが、そうもいかないため今日と来週の1日、計2日間の検査となります。今日の検査では、胃の内視鏡検査を受けましたが、何度受けてもなれるものではないように感じました。

今日の検査終了後、千葉市から成田に戻ったのが午後3時前。そのまま三里塚記念公園へ向かい防空壕の調査の状況を見に行きました。本来であれば朝の作業から立ち会いたかったのですが、人間ドックの予定は半年前に予約されていたもの。容易にキャンセルをする事もできないため人間ドックを優先させてもらいました。

人間ドックの検査途中にも、市の担当課主幹や地元の知人から状況を連絡してもらっていましたので、この目でどうしても内部を確認したい気持ちでいっぱいでした。

朝からは、防空壕入口付近に侵入を防止するため盛られた土を排除し、入口にかぶせてあった大きなコンクリート版を重機で移動させたそうです。

その後、内部の酸素濃度が薄いことが確認されたので、消防署に依頼して内部の酸素や有害なガスなどの有無を調査し、外部の空気を内部に入れる作業をしたとの事でした。

Img_0755入口の階段を下りて、既に朽ちている木の扉を開け内部へ入ると、すぐに電気の配電盤が目に付きました。その盤には、「大崎電気工業株式会社 昭和十六年製造」という名盤が残っていました。なお、私の近所の人がこの防空壕の電気工事で感電死した事実が知られています。

Img_0743_3内部の部屋のような空間に入るには、分厚い鉄の扉を二か所通り抜ける必要があり、通路や部屋のような空間のすべてが分厚いアーチ状の鉄筋コンクリートで形成されていました。一見したところ、今の時代でも強度的には相当な強さである事が想像出来ました。

Img_0741この防空壕の建設当時、宮内省(当時)の出入り商であった私の祖父が内部に畳を敷き、その畳に足を乗せたとたん、「陛下の来られる場所に足を踏み入れるとは何事か!」と非常に強く叱責されたいう話も、この地域の歴史に詳しい方から聞いたことがあります。

さて、数十年ぶりに内部が明らかになった三里塚記念公園の防空壕ですが、今後この施設をどのように扱うかは成田市と協議していく必要があります。

ただ、いずれにしてもこれまで地元要望がありながらも、全く手を付けてこなかった成田市でしたが、この度市長が理解を示し、また担当課職員が率先して調査に乗り出してくれたことに地元住民として感謝しているところです。

私としては、多くの皆さんに成田市に残るこの貴重な歴史的財産に触れてもらえる日が来るように地元のみならず成田市に対しても要望していきたいと思います。

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