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2011年12月16日 (金)

八ツ場ダム 政治判断で苦悩する地元の存在を忘れてはならない

県議会は委員会日程も終了し、残すところ20日の本会議のみとなり日中の予定にも若干の余裕を感じています。

さて、本日の午後7時過ぎ八ツ場ダムに関する1通のFAXが執行部から入りました。
それによると千葉県を含む1都5県の知事・副知事が官房長官に対して「八ツ場ダム建設事業継続の決断を求める申し入れ」を行ったとのことです。
八ツ場ダムの今後については、今月中に決定されることが明言されているため、関係都県が足並みをそろえて決断を促したものです。

既に国土交通省関東地方整備局は「建設妥当」との見解を示し、「今後の治水のあり方に関する有識者会議」からもその検証作業は「科学的・合理的に行われたもの」との判断が示されています。

この八ツ場ダムの建設は、民主党のマニフェストで「中止」とされて袋小路に入り今現在に至っていますが、数十年にわたる地元の苦悩を考えると成田空港の歴史とも重なってくるものがあると感じています。

地元の住民や行政は、国家の要請があって協力し続けてきたにもかかわらず、政治情勢の変化によって「不要」との判断を突きつけられたのです。
利水や治水という本来の議論とは全く別の次元とは言え、地元のこれまでの歴史を考慮する必要もあると感じています。

成田も国の都合で一方的かつ強制的に国際空港の建設を押し付けられましたが、その後地元住民が理解を示し様々な努力を継続して来た中で、「成田限界論」を世論に広め、羽田の再国際化を実現したここ最近の流れと八ツ場ダムの現状は私にとって重なって見える部分があります。

もっとも不安に陥り苦しんでいる地元の苦悩を理解する必要もある中で、総合的判断として「建設継続」が望ましい判断だと考えています。

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コメント

 八ツ場ダム立地の調査計画については、新東京国際空港(現成田空港)の立地計画問題が始まった1963年(昭和38)を遡るこ11年前の1952年(昭和27)からその端を発する。
 新東京国際空港(現成田空港)の建設計画については、羽田空港の行き詰まり打開策、また八ツ場ダムについては、1947年(昭22)に発生したカスリーン台風により起きた利根川流域大洪水の打開策という大義名分によるところのものである。
 その後、計画の中断、再開等紆余曲折が繰り返され現在に至る。その間、半世紀(50年)に渡り地元は国の施策によって振り回される結果となってしまった。
 成田空港は開港して33年の年月が経過するが、その運用過程の中で地元住民との問題が未だ完結に至っていない。このような地元の悲痛な実情を鑑みるにつけ、国家事業として推進されるべきことの中で一番重要なのは、「地元との十二分な意思疎通と相互理解」であり、それを抜きにしては考えられない。

投稿: 愛葉常二 | 2011年12月17日 (土) 23時15分

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