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2013年4月 2日 (火)

三里塚=反対派という間違ったイメージ

新年度が始まり、関係機関の方々が人事異動に伴いご挨拶に来ていただきました。各行政機関ではいよいよ新年度が本格的にスタートしたという感じです。

さて、今朝の成田市内某所でのある男性との会話で、私が”三里塚”に生まれ育ちそして今もなお居住している事を知ると、
「三里塚?まだ空港反対してるんだ?」との問いかけがありました。

年月が経過して三里塚での最後の闘争いわゆる「10.20現地闘争」から27年を経過し、その記憶も薄らいできている感を覚える昨今ですが、”三里塚”は未だに成田空港反対闘争の地という象徴的な存在としての記憶が一部にあるようです。

実際には三里塚の住民の多くは直接反対運動には参加せず、賛成派が多数を占めていました。事実は激しい反対闘争によって負のイメージを被り、また直接被害を受けた事も多々あります。
しかし、反対運動の先頭に立った故戸村一作氏や強硬派である北原派の北原鉱治事務局長の地元という事、また現地闘争の中心であったことなどから全国に「空港反対のまち」との印象を持たれたようです。
私自身、過去においても三里塚出身であるという事で、「反対派住民」と思われた事が何度となくありますが、未だに今日のような言葉を投げかけられるとは意外でした。

成田空港も新たなステージに入りました。地元に生まれ育ったという自負を持ちながら今後も成田空港に関する事を政策的中心に置きながら活動して参りたいと思います。

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コメント

「成田空港の近くに住んでます」、「もしかして反対派?」
というやり取りは成田空港の地元出身者にとってはお馴染みと言ってもいいくらいです。
自己紹介等で反対派と言われたことは何度もありますし、酷い時には成田はごね得乞食とまで言われます。
最近はそれに羽田国際化の話が追加されます。

地元にいれば多くの住民が空港関係の仕事をしていて以前とは違うというのがわかりますが、外部の人にとってはそこまで知る機会はなく、報道によるものが多いです。
反対派のニュースは今でも反対運動があるという認識を持たせますし、住民が反発と報道されれば住民全体がごねていると認識されます。
意外と言われますが、成田は反対していたという認識をひっくり返すようなインパクトのある情報が出ないのですから当然のことです。
30万回も、羽田国際化で今更焦って渋々認めたなどと言われてます。
今回の弾力化はチャンスでしたが、早朝が認められなかったことは地元が拒否したと報じられ、市が限界などと言ったこともあって、この期に及んでまだ危機感がないと言われているくらいです。

毎回、多くは賛成していると説明しても、市長が文句言ってるじゃないかなどと言われてしまえばそれまでです。
議員も含め、トップや公の立場にいる人は、周りに与える影響も考慮して欲しいというのはこういうことでもあります。

他にも周りで成田批判を聞くこともあります。
航空博物館に来ている人が羽田国際化で成田は貨物専用になると言っていましたし、ホテルのレストランでは成田がごねるから羽田が国際化したと言っている人がいました。
文句を言ってやろうかとも思ったくらいです。

成田の地元に対する世間の認識はこのようなもので、もっと積極的な姿勢を示さないと誤解は解けません。
賛成している人は多いのは事実なのですから、対外的な場所ではそういうこともきちんと発信していくべきです。
今回の弾力化の報道ではどうみても反対は過去のものというようには見えません。
過去の歴史がと言い出すこともそれを証明しているのではないでしょうか。

投稿: 地元民 | 2013年4月 9日 (火) 19時13分

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