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2014年1月19日 (日)

成田空港の歴史を痛感

今日は地元成田市内の新年会、「おびしゃ」等の行事に多数参加させていただきました。
最近ではほとんどの行事が土曜日や日曜日の休日に行われ、更に時間帯も重なる事もありスケジュール調整に苦労する事もしばしばです。
特に年末は忘年会が夕方から夜、そして年が明けての新年会や総会、神社関連の行事は日中に集中するため、時にお誘いいただいても出席できない事もあり申し訳なくも感じているところです。
とは言え、出来る限り多くの皆様に県政や市政の近況をお知らせすると共に、ご意見を拝聴するため出席するように心がけているところです。

さて、今日の行事の中で、成田空港の建設や騒音の影響によって移転を余儀なくされた「小菅地区」の移転40周年の記念行事が成田市内のホテルでありました。
集団移転して、新たに「新久米野」という集落を形成した方々をはじめ、他地域へ移転した方も多く出席されていました。
成田空港は、開港から35年を経過し今年で36となります。しかし、私の生まれ育った地域にとっては、1966年、昭和41年の閣議決定からその歴史が始まっており、最近ではその経緯や歴史も薄れていると感じているところです。
昭和41年の干支は丙午。そして今年が4回目の午年。成田空港も年男(年女?)と言えるかもしれません。

今日お集まりの皆さんにとっても、空港建設決定から移転を決定、そして現在に至るまで他地域の住民には分からない長い年月がありました。
空港開港によって地域の発展が着々と進んで来た事実の過去そしてその陰に、多くの方々の協力や苦しみがあった事を忘れてはなりません。
そのような思いを御挨拶で述べさせていただき、内陸空港であるからこそ騒音地域に対する政策的な取り組みを継続すべきである事も付け加えさせていただいたところです。
改めて今日ご参加の方々、特に「新久米野区」においては、旧小菅地区で脈々と受け継がれてきた伝統行事をしっかりと継承していただいている事にも心からの感謝を申し上げたいと思います。

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コメント

複数のコメント失礼します。
成田の商工会などが30万回以降の話として、成田空港の三本目の滑走路の要望を国交省に要望したそうです。
この話はblogで出てないですが、具体的な話などご存知でしたら取り上げていただきたいです。
以前から五輪に向けた協議で成田の将来性を訴えるべきと伝えていましたが、この提言のようなことを要望していました。
本来ならば自治体の長や議会が要望するべきでしたが行わず、民間団体が行う形になっています。
これだけで終わらせず、これに続き議会も動くべきです。
成田空港の三本目は平行滑走路を前提としているそうですが、不可能ではありません。
A滑走路の脇にもう一本造り、クローズパラレルの形にすれば、着陸は現状のを、離陸は新設滑走路を使い離陸後は速やかにA滑走路の離陸コースに入るなど案があると思います。
運用もラッシュ時や9時〜20時までに限るなどすれば、負担も少ないと思います。
今は話を無くさずに続く時です。
羽田よりもコストが安いというのが魅力とも言われます。
3月にはどうするかが決まるのでこれが最後のチャンスです。


勿論、門限緩和も実現するべきです。
先日成田空港の深夜便を利用しました。
時刻表では22時半出発ですが、門限があるため早めの出発になりました。
チェックインする人の中には時刻表を前提に空港へ着いたら締め切りギリギリだったという人もいました。
航空会社の努力と利用者の負担によってその便は22時40分過ぎに離陸しました。
そして現地に着いたのが深夜3時50分でした。
成田空港は門限がありギリギリで飛び立ち少し遅れれば欠航のリスクがあったのに、現地空港は都心にあるのにも関わらず成田空港だったら門限で降りられない4時前に着陸しました。
都心なので、滑走路脇にも家が建ち並んでいました。
成田空港で言えば、マロウドや航空博物館のある辺りに、公津や成田ニュータウンより大きな住宅地があるというイメージです。
帰りは深夜2時発でしたが、数分置きに発着しており、成田の昼や夕方のラッシュかそれ以上の発着がありました。
一部が海に面していて、そちらに飛ぶのかと思いましたが、住宅地のある側に離陸して行きました。
成田であれば飛べない時間帯でもラッシュが続き、滑走路の端にある住宅地の上を悠々と飛んで行く様をみて成田との差を実感しました。
成田ならば家があること自体有り得ない状況です。
これはアタテュルク空港の話ですが、シャルルドゴール空港やヒースロー空港も制限があるにしろ成田のような厳しい門限はありません。
ヒースローも住宅密集地の上を飛んでいます。
「ヒースロー空港 撮影」などで検索すれば、住宅地のスレスレを飛ぶ飛行機の様子が見られます。
成田空港では、家を移転させても対策がされないと言わ、門限緩和難しい状況です。
しかし、他のところでは発着が行われています。
海外だけでなく日本でも新千歳などで検討されています。
新千歳も成田空港より住宅地が近い場所があります。
弾力化の時に海外の空港も制約があるからということを言っていた人がいましたが、それなら海外並の発着を出来るようにすべきです。
成田空港はそれらの空港よりも補償が行われています。
フランクフルトやヒースロー、ミュンヘン等も制約がありますが、どうすれば機能拡充を出来るかを考えています。
成田の地元はどうすればやらないで済むかという理由を探してばかりいます。
やる為にはどうすればいいかをまず考えるべきです。

投稿: 地元民 | 2014年1月21日 (火) 04時20分

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