寂しさを覚える「東バッティングセンター」の閉店 46年間ありがとうございました
こんばんは。
大気の状態が不安定で、昨日と今日は時折雨が降りました。
昨日、自宅に庭に除草剤を撒いたところ、2時間後に大雨に降られ、何とも言えない残念な気持ちでした。
ビックモーターの件もあるため除草剤の使用については注意しなければなりませんが、あくまでも自宅の範囲内で公共の樹木等への影響はありません。
さて、溜まっていた事務作業に時間を当てました。
また、議会開会に向けての準備にも取り掛かっています。
先ずは、明日の政務調査会、そして30日の議員総会へ向けて準備を進めて参ります。
話題は変わりますが、今日の千葉日報に成田市内の唯一のバッティングセンターが閉店する記事が掲載されていました。
地元のみならず、成田周辺の広い地域の方々もその存在を知る「東バッティングセンター」ですが、その歴史は何と46年。
1977年、昭和52年に開店しましたが、その年は成田空港の開港の前年でした。
昭和40年代後半から50年代にかけて成田市内は、当時の新東京国際空港(現、成田国際空港)の建設と開港に向けて大きく変貌を遂げていました。
そして、「東バッティングセンター」のある成田市東町も国道51号線の4車線化工事が進められ、私の親戚の家もこの地にあったことから、周辺環境の変化が著しかったことを鮮明に記憶しています。
そして「東バッティングセンター」が開業。
成田の野球界では、誰もがお世話になった経験を持ち、また成田のランドマークでもありました。
私も何度も打席に立ったことがありますが、19歳になる息子が少年野球チームに加入していた時にはスクールにも入り、その送り迎えで通ったのがつい最近のように思い出されます。
閉店を知り多くのファンが「最後にもう一度」との思いで打席に立っていたようですが、昨日、令和5年8月26日が最終営業日となったとのことです。
時代の流れによって変化は訪れますが、コロナ禍は特にその流れを早く、また違う方向へと変えてしまったように思います。
成田の歴史を刻む施設が無くなることの寂しさを実感しますが、大きなうねりが訪れている中でその変化への対応が求められます。
政治に携わる身としても、刻々と変化する社会、経済の動向を注視して行動していかなければならないことを実感するところでもあります。
「東バッティングセンター」、長年にわたり成田で野球を支え、多くの人達に夢と楽しみを与えてくれたこと、心から感謝申し上げます。
千葉県議会議員 小池正昭
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